日本人の住居は、外国人から、よく革命が起こらないものだと指摘されたり、「ウサギ小屋」だといわれたりするが、私たち日本人はがまんしている。日本人の住意識は、封建時代の「この世は仮の宿り」(徒然草)、「起きて半畳、寝て一畳」(方丈記)とか、戦時中の「欲しがりません勝つまでは」とか、あるいは戦後の政府の持ち家政策の宣伝といったことにからめとられて、権利として要求する意識が低く、住まいに対する本質的でトータルな認識を歴史的にもつことができず、したがって住要求も正しい方向にいかず、持ち家宣伝とか分断差別の政策の中で住居観が歪められてきたのだと思う。
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いったい何がこの状況を断ち切るのか。まず何よりも、このような住意識にべったりしていたら変革の芽は出てこない。もっと住まいとは何なのかという本質的な認識、つまり低い住居意識を改革しながら変革していくという筋道が必要である。それは一般的にいえば、自覚した変革の主体をつくらねばならないということになる。そういう主体とは何であり、どうすればできるのだろうか。