お宅にうかがったのが、午後の二時頃だった。それから延々と、「正しいんです」「いや、間違っている」と、やりあっていて、ついに夜になり、ご主人が帰ってこられた。ご主人は一部上場の機械メーカーの役員だったが、わたしがあんまり一生懸命だったものだから、一緒に座ってくれて、いつのまにか一対二のやりとりになった。ご主人からいろいろ質問をされたが、わたしには答えられない。必死になってメモを取り、会社に電話をしていちいち上司に、「すみません。
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ここはどうなっているんでしょうか?」と聞いては、答えていた。あのときは、それをまったく恥ずかしいなどとは感じなかった。わたしは入社早々だったから、知識はなかったが、それでも一生懸命やろうという意欲だけはあった。お客さまは、その点に好感を持ってくださったらしい。「よし、契約しよう」ということになった。いきなり契約である。自分でもどうして契約してくださったのか、よくわからなかったが、とにかく初めての契約だった。ところが、こちらは契約の方法も知らなければ、だいいち契約書も持っていなかった。会社に連絡すると、すぐに上司が契約書を持って飛んできてくれた。忘れもしない、千八百五十万円の物件である。それからは。さすがに不動産に関連した知識がなければまずいと感じて、一生懸命勉強を始めた。上司に教わったことはすべてノートした。けれども、上司の知識も案外いい加減だった。税理士さんや弁護士さんに聞くと、また話が違うのである。それで、自分で税務署を回り、住宅関連の税制についてみっちりと勉強した。だから、主任になったころには、その会社の役員や社長よりもずっと正確な税務知識をもっていた。そのため、上司との同行セールスが嫌いだった。